横山拓也
劇作家による自作ガイドvol.4─横山拓也が語る『粛々と運針』
Ⓒ 阿部章仁
Ⓒ 阿部章仁
横山拓也Takuya Yokoyama
1977年生まれ、大阪府出身。劇作家・演出家・iaku代表。大阪芸術大学在学中の1996年、同級生と劇団「売込隊ビーム」を結成。実力を備えた若手注目株として人気を博し、2011年の退団まで作・演出を務める。2012年3月に演劇ユニット、iakuを立ち上げ、大阪と東京で創作活動を行う。緻密な会話が螺旋階段を上がるようにじっくりと層を重ね、いつの間にか登場人物たちの葛藤に立ち会っているような感覚に陥る対話中心の作品を発表。鋭い観察眼と綿密な取材を元に、人間や題材を多面的に捉える作劇を心がけている。身近にある社会的な問題を取り上げながら、エンターテインメント性とユーモアに富んだ会話劇に定評がある。「消耗しにくい演劇作品」を標榜し、精力的に再演を実施。iaku旗揚げ公演の三人芝居『人の気も知らないで』(2012年初演/第1回せんだい短編戯曲賞大賞)や『エダニク』(2009年初演/第15回日本劇作家協会新人戯曲賞)は、iaku以外でも多くの団体によって上演されている。2024年『モモンバのくくり罠』で第27回鶴屋南北戯曲賞、2025年『流れんな』の作・演出と『ワタシタチはモノガタリ』の作で第59回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。(2026.4更新)
戯曲を書いた作家自身に作品解説をしてもらうシリーズ第4弾は、親近感あふれる緻密な会話劇の名手、横山拓也の代表作『粛々と運針』。シンプルかつ普遍的な内容は、再演はもとより作者の手を離れたさまざまな上演形態を可能にしており、EPAD(舞台芸術アーカイブ+デジタルシアター化支援事業)やSTAGE BEYOND BORDERS(SBB)での映像公開により、国際的な受容も見込まれる。横山が演劇活動を始めた当初からよく知る同郷の編集者金田明子が、大阪にこだわりつつ全方位的な共感を獲得してみせる、その作劇術について尋ねた。
取材・文/金田明子
iaku『粛々と運針』(初演版)
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作・演出:横山拓也
出演:尾方宣久、近藤フク、市原文太郎、伊藤えりこ、佐藤幸子、橋爪未萠里
東京:2017年6月2日~6日 新宿眼科画廊 スペース地下、大阪:2017年6月9日〜11日 インディペンデントシアター1st 、2018年の再演ツアーでは東京・愛知・宮城・福岡・北海道・神奈川にて上演
【あらすじ】(ホームページより改稿)
築野家。長男の一と次男の紘の兄弟が入院している母の病室を訪れると、「金沢さん」という初老の紳士を紹介される。母と親しい仲らしい。膵臓ガンを告知された母は、金沢さんと相談の結果、穏やかに最期を迎えることを選んだという。一方、田熊家。子どもは作らないと約束して結婚した若い夫婦だが、妻の沙都子に妊娠の予兆。夫の應介に話を切り出せない。生活や仕事のことを考えると産むことは選べない。選びたくない。時間は刻々と進む。二組の家族の議論を見つめる、死にゆく命と芽生えた命。平凡な生活の内に潜む葛藤を周到な会話で描き出す。
【登場人物】
築野一(ちくの・はじめ) 築野家長男。独身。実家暮らし。41歳。
築野紘(ちくの・つなぐ) 一の弟。既婚。36歳。
田熊沙都子(たくま・さとこ) 應介の妻。38歳。
田熊應介(たくま・おうすけ) 沙都子の夫。38歳。
結(ゆい) 縫う人。
糸(いと) 縫う人。
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横山拓也筆による『粛々と運針』 登場人物相関図
大学在学中から大阪を拠点に数多くの作品を発信してきた劇作家、横山拓也。2015年に自身のユニット「iaku」の活動拠点を東京に移してからも、大阪や関西の言葉にこだわり、会話を緻密に積み重ねた作品を書き続けている。ここで紹介する『粛々と運針』(2017年初演)は、リアルな会話劇に定評がある横山にはめずらしく、幻想的な構造になっている。時計の針や縫い方を意味する「運針」を命の進みゆきに重ねた本作に込めた想いを訊いた。
『粛々と運針』を書くまでのiakuの作品は、上演時間90分なら90分というリアルな時間の中で、登場人物たちが会話をしながら、一つの問題に直面して右往左往する、という描き方をしていました。例えば『車窓から、世界の』(注1)という作品は、駅のホームでなかなか来ない電車を待っていると思いもよらない事態に出くわす、という設定だったのですが、観客から「閉じ込められているわけではないのに、そこに居続ける理由が弱い」と指摘されたんです。議論が白熱しているから居続けられるだろうと思っていたのですが、確かに行かなきゃいけない場所があり、時間も迫っている中、そこに90分も居続けるはずはない。そこで、自分自身は何にこだわって書いているのだろう、と自問自答してみたら、一つの場所に限定して書くことで筆力が試される、と思い込んでいたことに気づいたんです。時間と場所を限定することで追い詰められ、そうして枯渇したところから会話を掘っていく、という苦しみから生まれるドラマがあると信じていたけれど、もしかしたら、そのこだわりによって演劇の豊かさを自ら放棄していることになっているのではないか、と。それですぐに「実験的なことにチャレンジしたい」と思って、予定していなかった時期に無理やり公演をねじ込み、慌てて場所を押さえて書いたのが『粛々と運針』です。
その中で登場させた「生まれくる命」=〈糸〉と「去りゆく命」=〈結〉というファンタジックな存在は、二組の議論に影響を与えるだろうと思いました。二つの家族とは直接会話をしないけれども、書き手の僕自身にはもちろんのこと、何より観客に影響を与えるだろうと思ったんです。三つ巴と言いますか、二つの家族が混ざっていく感覚みたいなものが、自分の中では演劇的なチャレンジで、初稿ではせりふそのものをかなり研ぎ澄ませて書いた記憶があります。書き終わったとき、ひさしぶりに「書けた」という感覚を得ましたし、結果、自分の中でのターニングポイントになりました。
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iaku『粛々と運針』(2017) Ⓒ 堀川高志
女性の登場人物は、特定の人物について描いたわけではなかったのですが、初演のときは、取材をしていない人からも「私、横山くんに何か話した?」と言われることが何度もありました。観客から共感の声が多く聞かれたのも、「これは私の話だ」と思われたからかもしれません。
男性の登場人物については、自分自身の感覚を使ったように思います。僕自身は妻と子どもがいますが、〈一〉と〈紘〉の兄弟の話には、僕と母、僕と弟、それぞれの距離感を持ち込んで大きく脚色しています。例えば、母親に「おはよう」と言わないのは僕自身の話です。決して仲が悪いわけじゃなく、照れくさいというか、起きていることがわかっているのに「おはよう」を言う意味がないと思ってしまうんです(笑)。母親の前では涙を流せない、恋愛について話せない、というような照れくささみたいなものは、多くの方が持っていると思いますし、そういう感覚、家族の距離感みたいなものを言語化して描きたいと思いました。
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PARCO PRODUCE『粛々と運針』(2022) Ⓒ 御堂義乘 写真提供:株式会社パルコ
多岐川裕美(左)、河村花(右)
一軒さんは、僕が無自覚に書いているところを指摘してくれる心強い存在です。まずは台本を読み物として評価し、せりふの言葉の選択も一つひとつ面白がってくれます。そして、台本の中にあるエンターテインメント性を見いだしながら、作品の狙いを明確に捉えてくれる。文字から立体化するための行き先を一緒に見つけてくれる存在なんです。一軒さんは「スクエア」(現在休止中)というコメディ劇団のリーダーと演出を務めているので、いつもは笑いのために台本を立ち上げています。僕の作品は、何か問題に突き当たったときの苦しみを描写する中で、ユーモアを載せていることも持ち味の一つだと思っているので、一軒さんには笑いに真摯な一面と、文学や活字や哲学的なことを好むところを生かして、軽妙なタッチで書いてる僕の戯曲の中から、面白みを見つけ出してもらっているように思います。
大きなポイントは、〈糸〉=「生まれてくる命」というファンタジックな存在です。田熊家の夫婦は「産む/産まない」の議論をしているのに、妻の〈沙都子〉が「産まなきゃいけない」という方向に持っていかれるのではないか、と指摘されました。戯曲では気づきにくいのですが、舞台で実体化したとき、〈糸〉という登場人物がいる以上、実在感によって「産むこと」がゴールに見えてしまうのではないか、果たしてそれはこの戯曲が狙いたいところなのか? いや、そうではないでしょう? と問われて、そのとおりだと思いました。何かをジャッジする話として書いていないので、〈糸〉が生まれるということが担保された話になってしまうことは本意ではない。田熊家の夫婦には、曖昧さと言いますか、選択の自由さ、選択の広さを持たせたいんです。〈糸〉というのは、僕の戯曲の中ではめずらしい登場人物で、その描き方については、初演を演出したときからずっと悩んでいます。何度も話し合って改訂し、稽古でさらに解消しようと俳優とも話し合っていますが、リアリズムな自分の書きようの中では、個人史がない、実在しない者のせりふを書くことは難しいのだと思います。
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iaku『粛々と運針』(2026)Ⓒ 堀川高志
もう一つは、当時、大阪公演を行っていた東京の劇団、グリングさん(2005年『海賊』大阪市立芸術創造館)やモダンスイマーズさん(2008年『夜光ホテル~スイートルームバージョン~』精華小劇場)を観て、俳優さんたちがめちゃくちゃうまいと思ったのがきっかけです。どうしてこんなにうまいんだろうと考えたら、戯曲に書かれているのは標準語ではなく、彼らがふだん使っている東京の言葉だということがわかった。青年団の平田オリザさんが提唱していた「現代口語演劇」(注4)については知っていましたが、彼らのせりふはよりリアルに感じられたんです。だったら、僕たちがふだん使っている口語の関西弁で戯曲を書けば、関西以外の地域で上演したときに俳優たちの芝居をうまいと思ってもらえるんじゃないか、と。その目論見は見事にはまりました。大阪で活動を続けている一軒さんの演出も相まって、俳優たちは僕の狙いを体現してくれました。それは、iakuの作品に何度も出演してもらっている緒方晋さんの活躍にもつながっているのではないかと思っています。
上演にあたっての条件はほとんどありませんが、改訂する場合は事前に読ませてください、とお願いしています。例えば、性別を変える場合、それで物語が成立するかどうかを精査しています。ただ、関西弁をほかの地域の方言に変えることは承諾していますし、どんどんやってほしいと思っています。
スノッブな作品だからといって守るばかりでなく、上演する地域の観客に受け入れてもらうための演出であれば、どんどんやってほしいと思います。おこがましいですが……、シェイクスピアやチェーホフの作品は今、当時では思いもつかないであろう演出で上演されているじゃないですか。そうやって戯曲が一人歩きしていくのは、劇作家にとっては幸せなことだと今は思っています。『粛々と運針』も海外で上演される機会があると嬉しいですね。兄弟の会話も夫婦の会話も日本的な感覚で書きましたが、語られることは普遍的でもあるので、もしかしたら世界のどの国どの地域でも同じような感覚があるのかもしれないなと思います。
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2024年、中国語版 『エダニク』上海戯劇学院公演の舞台で対談する横山(左から2人目)と演出の李旻原(右端)
台本を書き始めてからずっと書きたいことは変わっていなくて、人間くささ、人そのものを描きたいと思っています。現代の人たちが突き当たってしまう問題に対してどう振る舞うのか、うまく振る舞えない状態をどうさらけ出すのか。人だからしょうがないというところを描く中で、僕たちはそれを責めずに許し合いながら生きていくことはできないだろうか、ということも描きたいと思っています。
【公演情報】
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iaku『粛々と運針』 Ⓒ 堀川高志
作:横山拓也
演出:上田一軒
出演:佐々木ヤス子、中山義紘、花戸祐介、鈴鹿通儀、鄭 梨花、林 英世
大阪:2026年3月27日~30日 インディペンデントシアター
東京:2026年4月9日~19日 三鷹市芸術文化センター 星のホール
新潟:2026年4月25日 りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館・劇場
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『車窓から、世界の』
兵庫県立尼崎青少年創造劇場ピッコロシアターが1994年に設立した全国初の県立劇団・兵庫県立ピッコロ劇団が主催する実験的な企画「オフシアター」公演として2014年初演。2016年、iaku公演として上田一軒の演出で上演。
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新宿眼科画廊
東京・新宿にある2004年12月開廊の現代アートギャラリー。1階は現代美術・写真・映像作品などを展示するスペース、地下に演劇などを上演する20~40席の小さなスペースがある。
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PARCO劇場
東京・渋谷の商業施設「渋谷PARCO」にある劇場。1973年にオープン(当時の名称は西武劇場)、2016年夏より休館、2020年3月に客席を458席から636席に増設して新たにオープンした。プロデュース公演の先駆けとして数多くのエンターテインメント作品を発信。
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現代口語演劇
1990年代に劇作家・演出家の平田オリザが、日常会話の言葉遣い(口語)を戯曲に取り入れることを提唱し、日本の現代演劇に大きな影響を与えた。
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戯曲デジタルアーカイブ
「一人でも多くの方に、末永く戯曲を味わってほしい、また適切な方法で演劇作品として上演してもらいたい」という思いで、2021年より一般社団法人日本劇作家協会が企画・制作・運営するウェブサイト。2026年3月現在、横山の戯曲は『人の気も知らないで』『エダニク』のほか、『仮面夫婦の鑑』(2011年初演)、『モモンバのくくり罠』(2023年初演)が掲載されている。https://playtextdigitalarchive.com/public/
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『逢いにいくの、雨だけど』
2018年に三鷹市芸術文化センター 星のホールで初演された作品。2022年、ソウル龍山区青坡路(ヨンサング・チョンパロ)の国立劇団ペクソンヒ・チャンミンホ劇場で朗読公演(翻訳:李惠貞(イ・ヘリ)、演出:イ・ヤング)として上演されて以降、さまざまなプロダクションが上演。
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『エダニク』
2009年に「真夏の會」で初演された横山拓也の代表作。国際交流基金の戯曲翻訳出版事業で中国語版(翻訳:郑世凤)が出版され、2024年には中国の上海戯劇学院によって上演された。演出は李旻原(イ・ミンユェン)。また、2025年にはスペイン語版(翻訳:マルタ・E・ガジェゴ)でマドリードを拠点とする劇団KATSUKOによって上演された。演出はサミュエル・ヴィユエラ・ゴンザレス、アルバ・エンリケス。『エダニク』
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Ⓒ 阿部章仁
協力:iaku
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