国際交流基金 The Japan Foundation Performing Arts Network Japan

Presenter Interview プレゼンターインタビュー

2022.12.26
パク・シンエ

Supporting the Overseas Expansion of Korean Contemporary Dance
Independent Producer Sin Ae Park

韓国

韓国現代ダンスの海外進出を支援する
インディペンデント・プロデューサーのパク・シンエ

ダイナミックに変化する韓国のダンスシーンにおいて、インディペンデント・プロデューサーとして活躍しているパク・シンエ。2012年、ダンサーから制作者へ転向し、2014年にアーティストの海外進出を支援する非営利団体Korea Dance Abroadを立ち上げ。また、MONOTANZ SEOUL芸術監督、フランス・パリのS.O.U.M Festivalキュレーター、ソウル国際振付フェスティバル(SCF)の海外理事も務め、今や韓国ダンス界の国際交流の現場で欠かせない存在になっている。彼女が感じる時代の変化や最新の活動状況、課題についてインタビューした。
聞き手:韓ヨルム

モノタンツ・ソウル 2021 MONOTANZ SEOUL
(2021年10月/聖水アートホール) (C) 2021 Monotanz Seoul Kim Ju-bin

MONOTANZ SEOUL
MONOTANZ SEOUL

ピョ・サンマン『Taking care of me』

シンエさんは、アメリカやヨーロッパで行われる数多くのダンスフェスティバルに韓国のアーティストを紹介してきたインディペンデント・プロデューサーです。どのような活動をされてきましたか。
 私は、2005年に梨花女子大学舞踊科を卒業してから、韓国とアメリカでダンサー・振付家として活動していました。2012年にダンス専門の企画会社「シンエ芸術企画」(14年まで)を設立し、ダンス公演の制作を始めました。その後、「チャンム国際公演芸術祭」のプログラマーを経て、2014年に「Korea Dance Abroad(以下、KDA)」を立ち上げました。

 また、2014年から20年までニューヨークの92Y Harkness Dance Centerの Asia/Korea関連ゲストキュレーターとして「Yoenhee! &S(e)oul Down 92Y」、「Dancing Korea at 92Y」などのプログラムで韓国の伝統芸能からコンテンポラリーダンスまで数多くの団体をアメリカに紹介しました。2017年からは、日本でも多くの方に知られている「ソウル国際振付フェスティバル(SCF)」を主催する社団法人韓国現代舞踊振興会の海外理事としても活動しています。

制作者としての始まり

ダンサーだったのですね。そもそもどのようにしてダンスと出会ったのですか。
 幼い頃からダンスが好きだったので、学校のダンス部に所属してテレビに出るアイドルを真似て踊ったり、大会に出たりしていました。中学2年生の時、学園祭である女子の先輩が舞台に出て綺麗な衣装を着て踊るのをみて、生まれて初めて美しい踊りだなと思いました。「現代舞踊」という言葉もその時に初めて聞きました。

 それでその先輩が習いに行っているダンス教室に通い始め、ドクウォン芸術高校に入学してから専門的な舞踊教育を受けました。梨花女子大学では現代舞踊を専攻し、卒業後はアメリカに渡り、様々なカンパニーでダンサーとして活動するとともに私自身のカンパニーを立ち上げ、10年ほどダンサー・振付家として活動しました。

 そのうち、仲間から海外のフェスティバルに参加した経験がある私に相談が来るようになり、軽い気持ちで制作の仕事を始めました。そのきっかけとなったのが、ニューヨークに移住して活動しているキム・ヨンスンさん(ホワイトウェーブ・ダンスカンパニー WHTIE WAVE Dance Company芸術監督)との出会いです。彼女の30周年記念公演『炭(SSOOT)』をニューヨークのDTW(Dance Theater Workshop、現在はNew York Live Arts)で上演することになり、オーディションでダンサーとして選ばれて一緒に公演することになりました。

 それをきっかけにヨンスンさんと信頼関係ができ、韓国公演を検討しているけど海外生活が長くて最新事情がわからないので教えてほしいと相談されました。その流れで、国内3都市ツアー(ソウル市:アルコ芸術劇場、城南市:城南アートセンター、光州市:「フェスティバルオー! 光州」)を制作し、それが本格的な制作者としての初仕事になりました。

 その公演をご覧になった韓国現代舞踊の母と言われている故・陸完順先生から声をかけていただき、陸先生がアメリカ式の現代舞踊を韓国に取り入れてから50年の節目を記念する「陸完順現代舞踊50周年フェスティバル」(2012年)を制作することになりました。最初は規模感もわからないままスタートしましたが、80団体440人のダンサーが出演し、アルコ芸術劇場の大劇場・小劇場で1カ月公演する大規模なフェスティバルでした。フォーラムなどもありましたので会期は全体で半年ほど。最初は単発的な仕事だと思っていたので続けるつもりはありませんでしたが、この公演がきっかけでダンサーより制作者として知られるようになりました。
今はダンサーとしての創作活動はお辞めになっています。
 「陸完順 現代舞踊50周年フェスティバル」を準備しながら、自分が制作・振付・出演する公演も準備していたのですが、そのときに創作と制作は両立できないと実感しました。当然のことですが、自分の公演は満足できるものではなく、深く悩んだ末に引き受けていた公演の制作にまずは専念することにしました。それが終わったら自分の創作に戻ろうと思っていましたが、結局、制作の仕事が主になっていきました。

異なる視点で世界を見つめる

大学では、現代舞踊の他に女性学を副専攻されたそうですね。どうしてですか?
 梨花女子大学は女性学科が強い大学で、女性学概論は必須科目でした。韓国で舞踊が発展したのは大学での舞踊教育が根幹にあります。1980~90年代は舞踊を学んだ卒業生が舞踊学部の教授となり、弟子を養成し、舞踊は大学を中心に発展しました。2000年代の初めまで学生は大学が主催する行事以外の外部イベントに出演することは許されませんでした。私が大学に入学した2001年頃も状況は相変わらずでした。高校の時は様々な講師がいて、多様なスタイルの踊りに触れることができましたが、大学に入ってからは幅広い踊りに触れる機会が少なくなり、その保守的な環境に息苦しさを感じていました。

 語学留学でしばらくオーストラリアに行って解放された気分で帰国し、復学してからたまたま女性学の授業を受けました。これまで感じていた息苦しさが解消された気がしました。女性でしたし、アーティストを志しているものとして世界を異なる視点で見つめる必要がありましたが、女性学の“女性の視線で世界を見つめる”“少数者に対する声に光を当て、異なる視点で世界を見つめる”という観点がとても興味深いと感じました。

 舞踊の授業は詰め込み教育でしたが、女性学は討論、論述を中心にしていたので、自分の意見を発言できることも気に入りました。舞踊と女性学を連携できないかと思い、卒業論文のテーマにしました。社会的弱者に対する異なる視点を持ち、民主的な方法でコミュニケーションするという女性学の視点はアーティストにとっても必要なものだと思ったからです。
女性学を学んで得た視点は、今の仕事にも影響を与えていますか。
 はい、最近は特にそう実感しています。排除され疎外されたものに対する関心が蘇り、さまざまな場面で性少数者、障がい者、社会的貧困層などの社会的弱者、女性性に対して異なる視点で見つめることが求められるようになっているからです。舞台制作のプロモーションも例外ではなく、こうしたことが話題になることも増えたので、女性学を学んだことが役に立っています。
ダンサーとして活動していた経験が制作の仕事を行う上で役に立ったと思うことはありますか。
 一番良い点は、現場でダンサーや振付家のニーズを把握するのが速いということです。アーティストの調子と創作の進行に合わせた配慮、振付家がこの時期にどんな公演をしようとするか、それに合わせてどのような会話をして、どんな解決策が提示できるかなど。幼い頃からダンスをやりながら多くの公演を見てきたので、蓄積があります。コンテンポラリーダンスは、時代が望む流れ、トレンドを読み取る能力が必要ですが、私にはその蓄積があるので、理解力も高いし、作品を見る目にも影響していると思います。

韓国のダンスシーンについて

今、韓国のダンスシーンではどのような傾向の作品が生まれていますか。注目すべきアーティストはいますか。
 韓国ダンスシーンの特徴について意見を言うとき、私がいつも先に話すのは多様性です。韓国にアメリカ式の現代舞踊が導入されて以来、ある時期においてはみんなアメリカ式の現代舞踊に感化され、その後、ヨーロッパで留学したダンサーが帰ってきて、ヨーロッパのカンパニーがたくさん紹介されるようになった時期にはヨーロッパ式のダンスに傾倒しました。それから世代が変わり、現在はアメリカ、ヨーロッパの影響を受けたダンスを踊る人、独自なスタイルを開発している人、動きに重点を置く人、逆に踊らない作品をつくる人など、多様化されています。

 近頃、最も多く見られるのはテクノロジーと融合した作品です。コロナ禍で国が政策的にテクノロジーとの融合に対する創作活動に補助金を多く出しているからなのか、メディア、AI、AR、VR、メタバースなどのテクノロジーとダンスが融合する作品が多く上演されるようになりました。国立現代舞踊団(KNCDC)がこうしたプロジェクトに力を入れていて、「ダンス×技術の融合プロジェクト Dance × Technology Project」では、振付家としてチョン・ジヘ、カン・ソンリョン、技術専門家としてシン・スンベク、キム・ヨンフンが創作メンバーに選ばれ、1年間のクリエーション期間を設けて、2022年に成果作品を発表しました。

 また、コロナ禍で多くなった作品の傾向は、劇場を離れることに対する試みです。以前は舞踊公演というのは劇場でやるものだと思っていたのですが、今はダンスフィルムもあり、舞台ではなくギャラリーでの公演も多くなりました。劇場という空間から抜け出して、オンラインや技術と融合するなど、コロナ禍の影響もあって全体的にそうした傾向が加速されたと思います。

 新たな試みの例として、ユン・プルムが『停止されているものは何もない There Is Nothing at Standstill』という劇場自体を解体する作品を2022年のSIDanceで発表しました。この作品は、人の身体ではなく、劇場の照明、舞台、客席を主役にして、今まで客体とされていたものが主体に変わることについて考察したものです。

 また、2022年1月にニューヨークのジャパン・ソサエティーが主催したコンテンポラリーダンス・フェスティバルに、韓国を代表して、Choi x Kang Project(カン・ジンアン、チェ・ミンソン)がダンスと映像技術を融合させた作品を上演しました。これは、今年のPerforming Arts Market in Seoul(PAMS)のショーケースでも上演されたもので、ニューヨークでも好評でした。こういうコンセプチュアル・ダンスも韓国で盛んになっていると言っていいと思います。
現在、韓国の現代舞踊関連のフェスティバルにはどのようなものがありますか。また、舞踊の専用劇場はありますか。
 春は、国際現代舞踊祭(MODAFE)が開催されます。9月から11月は最も舞踊公演が多い時期で、ソウル国際舞台芸術祭(SPAF)、PAMS、SIDanceが開催されます。12月には振付家の海外進出のプラットフォームになっているソウル国際振付フェスティバル(SCF)があります。海外からの使節、プレゼンターを招いて韓国のダンス作品を上演し、プロモーションするのが目的のひとつになっています。

 その他、ソウル舞踊祭、ソウル以外の高陽国際舞踊祭、大邱国際舞踊祭、釜山国際ダンスマーケット、済州ハビチアートフェスティバル、全国舞踊祭などがあります。

 ダンスを専門に扱っている小劇場としてはポスト劇場、ミルムル現代舞踊団が運営しているM劇場があります。また、ダンサーたちが自分たちのホームのように感じているのが、韓国文化芸術委員会の公演芸術専門劇場であるアルコ芸術劇場と大学路芸術劇場です。特にアルコ芸術劇場と大学路芸術劇場はダンサーたちが最も集まる拠点であり、最も愛している劇場だと思います。
韓国ダンスシーンの近年の動向について感じていることがありますか。
 以前に比べてアーティストの年齢層もスタイルも多様になっていると思います。かつては、幼い頃から舞踊教育を受けた人が多かったのですが、韓国芸術総合学校に創作科ができたりして、舞踊教育を受けずに他の専攻や他のことをしてからダンスを始める人も多くなりました。

 韓国でヒップホップやストリートダンスが活発になってから長い時間がたち、世界大会でも実力を認められるほどになっています。そういうストリートダンサーがコンテンポラリーダンスに転向することもあります。ピョ・サンマン、キム・ジュビン、キム・ボラム、キム・ソルジン、イ・インス、アン・スヨン、Goblin Partyのチ・ギョンミン、company SIGAのイ・ジェヨンもストリートダンスやB-BOY出身だと聞きました。
最近、テレビ番組などのメディアで取り上げられるダンサーが増え、一般の舞踊への関心が高まっているように思います。
 M-netのダンスオーディション番組「ダンシング9」に出演したキム・ソルジン、チェ・スジンをはじめ、KBSの「不朽の名曲」に出演したチョン・ソクスンなどダンサーの知名度が上がっています。平昌冬季オリンピックの開・閉会式の振付監督でも有名なチャ・ジンヨプは資生堂の広告にも出演しました。

 最近、バレリーナを素材にしたドラマ『ナビレラ -それでも蝶は舞う-』が放映されたことも影響していると思います。以前から少しずつ映画・放送業界と舞踊界の結びつきはありましたが、それほど話題にはなりませんでした。「ダンシング9」がひとつのエポックになったと思います。BTSのジミンとEXOのカイなどのアイドルが現代舞踊を習っていて、番組で披露したこともあり、一般の現代舞踊についての関心が高まり、習い始める人もいます。

 もう一つ、大学の入試制度で演技科を志望する学生が舞踊を副専攻にすることが多くなったように思います。以前は大学で舞踊科を志望する人だけ踊りを習っていたのに対して、近頃はエンターテインメント業界が拡張し、そこを目指して演技やミュージカルを学ぶ多くの学生たちが踊りを習い、幼い頃から舞踊に触れるようになっています。
韓国観光公社が外国人向けに韓国をPRするYouTube動画にも舞踊が使われています。パンソリを現代的に再解釈したイナルチの音楽とキム・ボラムが主宰するAmbiguous Dance Companyとのコラボレーションで世界的に話題になりました。
 イナルチはLGアートセンターの開館記念フェスティバルにも出演していました。フュージョン国楽は現代舞踊よりは知られていましたが、今は韓国大衆文化の流行とのシナジー効果で韓国舞踊の認知度が上がっていることを実感しています。

 韓国観光公社のニューヨーク支社で行ったネットフリックス韓国ドラマ『イカゲーム』のイベントには定員80人に対して1週間で3,000人余りが応募してきたそうです。3年前にブルガリアで舞踊公演のツアーをした時には、劇場前の路上で若者たちがK-POPを流してダンスの練習をしていました。地球のあちこちで韓国文化が浸透していると感じました。

 そういう時流に乗って、各国の韓国大使館文化院でもそうした催しを企画しています。今年、フランスのナントに行ってきましたが、フランスの民間団体と韓国文化院が協力し、「韓国の春(Printemps Coréen)」というフェスティバルを開催していました。食べ物、テコンドー、映画、舞踊、フュージョン国楽が紹介されていましたが、そういったイベントが増えましたね。

 私がオーストラリアに留学していたときには、韓国がどこにあるのかについての説明が必要でしたが、この20年間で文化外交が活発になるにつれて認知度が上がりました。K-DRAMA、K-POP、映画が大きな役割を果たしました。

Korea Dance Abroad(KDA)を中心とした活動

シンエさんの活動の中心になっているKorea Dance Abroadについて教えていただけますでしょうか。
 KDAは非営利団体で、韓国の民間舞踊団体の海外進出を支援し、国際交流を推進しています。一種のエージェントですが、営利を追求するのではなく、あくまで非営利団体として運営しています。例えば、私個人があるプロダクションの制作に携わる場合、フリーランサーとして活動すればプロダクションやアーティストから報酬を受け取りますが、KDAがイベントを主催する場合は、助成金や協賛金を得てアーティストに出演料などを支払います。

 今までない形かもしれませんが、American Dance Abroadを参照しました。ここは公的機関で、アメリカのダンス・アーティストやダンス・カンパニーが国際舞台において公平に参加できるように支援する団体です。グローバルなマーケットやフェスティバルなどの国際的な集まりでPRし、専門家が外国の関係者との関係を築き、関係を強化するのに役立つ支援と資源を提供し、また、外国の関係者がアメリカの舞踊に触れられるよう支援と資源を提供します。

 実は2012年にシンエ芸術企画という舞踊の制作会社を立ち上げましたが、韓国の実情とは合いませんでした。私が考える制作会社は芸能プロダクションのようにアーティストを発掘し、マネージメント、育成してプロモーティングまでできるエージェント形式のものでしたが、韓国ではそのことに対する理解が低く、いろいろ試行錯誤しましたが、結局、会社をたたみました。

 その後、ニューヨークのマンハッタンにある92NY Harkness Dance Centerでゲストキュレーターとして活動しました。1年に100回以上の公演が行われるところで毎年公演を行い、そこで制作者としてのアイデンティティが培われました。そういう私が外国で経験したことと韓国で舞踊家として活動しながら感じたことを反映したのがKDAです。
モノタンツ・ソウル(MONOTANZ SEOUL)の芸術監督でもあります。どんなフェスティバルですか。
 KDAのミッションを反映した事業のひとつとして、2019年からモノタンツ・ソウルを主催しています。ハンガリーのブダペストに古い映画館を改修した非営利の小劇場「ベトレン・スクエア・シアター」があり、そこが隔年でソロ作品を上演するモノタンツ・フェスティバルを開催しています。ハンガリーで開催しない年に韓国でKDAが主催して開催することになりました。これまで2回実施し、ハンガリーのアーティストを韓国で、韓国のアーティストをハンガリーで紹介する窓口になっています。

 きっかけは、SCFで海外公演ができるチャンスを得た振付家の作品をハンガリーで上演することになり、偶然、このフェスティバルを訪問したことです。新進振付家の質の高い多様な作品を見ることができるコンセプトに共感しました。東ヨーロッパの舞踊はあまり見る機会がなかったので、新鮮さもありました。それで韓国での開催を思い立ち、ベトレン・スクエア・シアターに提案しました。

 新作の発掘を目的としているので上演作品は初演に限り、韓国の作品は世界初演、海外作品は韓国初演を条件にしています。他では見られない作品を見ることができますし、ここをスタートにして他の劇場やフェスティバルに作品を流通させることも期待できます。
実際に開催して、手応えはありましたか。
 意外でしたが、3日間開催した1回目の公演チケットは完売しました。2回目でようやくフェスティバルとして認知されたように思います。モノタンツのためにつくられた作品の流通が活発だったことは大きな成果です。

 1回目に出演したキム・スジョンの『ケネンシア Querencia』、キム・ジュビンの『セダリム Sedarim』はまだ流通しています。この二人はハンガリーのフェスにも招待されましたが、コロナ禍のため映像上映になりました。『ケネンシア』は、現地でグランプリを受賞し、SIDanceにも招かれました。『セダリム』は、ハンガリー、フランスに招聘され、多くの国内フェスティバルにも招聘されました。また、この作品のダンスフィルムも制作され、最近、アルコダンスフィルムA to Z上映会でも上映されました。ユン・プルムの『間の形態 invisible Form』はシアトル、ニューヨークに、ピョ・サンマンの『Taking care of me』、キム・ソンヨンの『Bottari-The trajectory of mind』はフランス、ハンガリーに招聘されています。

 海外作品では東ヨーロッパのダンスシーンを紹介すべく、ハンガリー出身のLászló Mádi、Rita Góbi、Millan Ujvari、Dávid Dabócziに出演してもらいました。日本からは下島礼紗を招く予定でしたが、コロナ禍のため映像上演に変更しました。

 モノタンツに出演したアーティストが海外フェスティバルに招聘されるなど、このフェスは舞踊界の活性化に貢献していると思います。
KDAはフランスのフェスティバルSpectacle Of Unlimited Movements(S.O.U.M.)とも協働しています。
 KDAは、民間団体だけでなく、国内外の公的な機関をパートナーとして協働しています。ハンガリーのモノタンツもそうですが、フランスのS.O.U.M.も同様です。一方的に作品を輸出入する関係ではなく、友好的な関係の中で持続的な交流を図れるようなパートナーシップを構築しています。

 フランスで開催されるS.O.U.M.は、KDAとAssociation S.O.U.M.が共同で実施しているフェスティバルです。今、ヨーロッパでは、映画『パラサイト 半地下の家族』や『イカゲーム』、K-POP、K-DRAMAが人気を集めています。そのようなブームに合わせて韓国の文化の中でも特に舞踊を紹介するフェスティバルを立ち上げたいという提案がありました。私がニューヨークで韓国関連の数多くのプログラムに携わっていたことから、韓国とのネットワーキングを担うキュレーターとして依頼がありました。

 今まで韓国の舞踊家を招聘するフェスティバルはありましたが、韓国にフォーカスを当てたフェスティバルは初めてでしたので期待が高まりました。Association S.O.U.M.を立ち上げてプロジェクトに着手した途端、コロナ禍となり、1、2回目はZoomで開催しました。3回目は何とか現地に行きましたが滞在制作は難しく、今年11月に開催される4回目で初めてフランスでの滞在制作が実現しました。

 私がプログラムのキュレーションを行い、KDAは韓国のアーティストがフランスで公演ができるように支援します。今年のフェスティバルでは韓国から5組が参加し、私がKDAとして韓国芸術経営支援センター(KAMS)のセンターステージ・コリアという補助事業の助成を受けて、アーティストと同行します。助成金の申請書類などの事務作業はアーティストにとってはハードルが高いので、KDAがこのような業務を代行することで、ダンスカンパニーの海外公演を支援することができます。

 私は、韓国アーティストの作品を紹介するだけでなく、フランスの現地アーティストとのレジデンス・コラボレーションを望んでいたので、4回目でそれができることになり、とても期待しています。イ・セスンと現地のミュージシャン、現地の振付家Marco Chenevierとユ・ソンフが滞在制作をします。イ・セスンは、国立アジア文化殿堂(ACC)とアジア文化院(ACI)が制作支援した作品を、滞在制作を通じて新たにつくり変えます。

 滞在創作以外のプログラムでは、フ・ダンスカンパニー Hoo Dance Company、ムサイ・ダンスカンパニーMousai Dance Companyが参加し、個人としてはアンプラグド・ボディ Unplugged Bodiesのキム・ギョンシン、ダンス・トラベラー Dance Travelerのク・ウンヘが参加します。

Spectacle Of Unlimited Movements(S.O.U.M.)
(C) 2022 Festival International de Danse SOUM Shin Joong-hwan

Unplugged Bodies
Unplugged Bodies
Unplugged Bodies
Unplugged Bodies

アンプラグド・ボディ Unplugged Bodies

Dance Traveler
Dance Traveler
Dance Traveler
Dance Traveler

ダンス・トラベラー Dance Traveler

ソウル国際振付フェスティバル(SCF)では海外理事をされていますが、どのような役割ですか。
 世界各国から来られる使節の接遇やコミュニケーション業務を担当しています。毎年10名程度いらっしゃいますが、さまざまな手続き、手配を行い、フェスティバル運営が円滑に進むように努めています。

 先ほど、KDAは民間舞踊団体の海外進出をサポートすると言いましたが、SCFは私が考えている会社の目的とも合致しています。故・陸完順先生が韓国現代舞踊の振興を図って設立した韓国現代舞踊振興会も同じですが、それぞれやり方は異なっても韓国の現代舞踊をプロモーションするために立ち上がったものです。SCFも韓国の振付家が海外に進出できるプラットフォームとして重要な役割を果たしていると思います。

 SCFやSIDanceのWho's Nextも同様ですが、それぞれの団体が韓国のアーティストをプロモーションするためにプラットフォームを作るのはとても大事だと思います。ショーケースのためにAPAP、タンツメッセ、CINARSなどに行くこともありますが、公演料があるわけではないので、渡航費など団体の負担が大きい。海外から使節を呼べるプラットフォームが自国にあれば、公演をするだけで海外進出の機会が作れます。そういうSCFの趣旨は、私の考えに一致するものです。

コロナ禍での国内活動

この3年間、コロナ禍により海外公演が難しい状況でした。国内で行われたプロジェクトはありますか。
 2020年3月1日に韓国に戻ってからの2年間は、国際交流事業を進めることがとても難しかったです。いつもなら短期間しか韓国にいないのですが、コロナ禍により閉ざされた状況になっていました。それで国内ツアーを検討していたところ、韓国文化芸術委員会による補助金事業「心躍る芸術旅行」を知りました。

 その補助を受けて、文化疎外地域や山間部にある矯正施設、学校、病院、社会的貧困層など、文化との接点があまりない人のところに出かけて公演をするようになりました。昨年は矯正施設とハナウォン(北朝鮮脱出者の支援施設)での公演を計画しましたが、施設内で集団感染が発生し、急遽、開催地を変更するなど大変でした。今年は12カ所で公演を行っています。KDAでは現代舞踊の支援のために海外交流と多様なルートでの観客開発に取り組んできましたが、この事業はアーティストが多様な観客に出会えるきっかけになりました。人々に芸術を通じた癒しを提供することができて、参加したアーティストたちも意義のある公演だったと受け止めていました。

問題点や課題について

舞踊家から企画制作者に転向されてから約10年間、数多くの公演を制作されてきました。その経験から、今、どのようなことが課題だと感じていますか。
 韓国の舞台芸術分野における助成制度はよく出来ていて、多くの支援が行われています。一方、そのために各舞踊団体の経済的な自立度が低くなり、助成金が取れたら創作し、取れなかったら創作に二の足を踏むなど、お金に左右されることが多いと感じています。支援は大切ですが、経済的な自立度を高める土台を作らなければならないと感じています。

 海外のダンスカンパニーは、自分たちの経済的な自立度を高めるためにバザーを開くなど、様々な催事を企画します。韓国では招待券をたくさん配っていた時代に比べれば有料観客が増えましたが、まだまだです。若い人は、舞踊公演は対価を払って見るものだと認識していますが、有料観客をもっと増やす努力が必要だと思います。

 ニューヨークにいる時はフェスティバルのラインナップが決まると、劇場の半径数マイル内にある他の劇場では本番の1カ月前から終演後の翌月まで約3カ月間、公演は行わないという条項を入れた契約をアーティストと劇場が結んでいました。それほど経済的な基盤となるチケット収入について真剣に考えていたんです。一方、韓国では収入の80~90%を国の補助金に頼っている状況が続いています。

 個人的には、独立系アーティスト自身に経済的な自立を図る意思があまりないことが最も問題だと思っています。ある日、国の財政が厳しくなり、政権や政策が変わって、突然補助金が打ち切られることもあり得ます。実際、文化支援の手厚かったフランスでさえそうしたことがありました。ドイツでも、ニューヨークもそうです。舞踊には純粋芸術としての側面もありますし、支援が必要だとは思いますが、どうしたらサバイブできるのか悩みは尽きません。

 韓国とヨーロッパ、アメリカでは状況が異なりますし、コンテンポラリーに対する受け入れの段階も関心の度合いも異なります。でも、企業、民間、個人の協賛金を獲得したり、チケット収入を増やすなどして自立できる方策を講じなければならないと思います。韓国には様々な大企業がありますが、バレエに協賛する企業が少しあるだけで現代舞踊に協賛する企業はありません。それを当然のように思うこと自体が問題だと思います。そうしたことを問題提起していきたいと思っています。

最後に

コロナ禍を経て国際文化交流にも変化があったと思います。そこから見えてきた課題はありますか。
 最も難しい質問です。舞踊だけでなく、舞台芸術界全体が直面していることですし、単に韓国だけの問題ではありません。自分の立場で言えば、パンデミックが舞踊の流通に多大な影響をもたらしたのは確かで、長年行ってきた国際交流の関係が途切れてしまい、仕切り直しをしなければならなくなりました。これまでと同じというわけにはいかないので、代案を含めた議論も大事だと悩んでいるところです。

 このインタビューもZoomで行っていますが、パンデミックによりライブで行う公演以外にも色々とできることがあるとわかりました。リハーサルも自宅で行い、公演もオンラインで開催できます。では、これからの流通の販路をどのように開拓すべきなのかーそこが一番大きな悩みになっています。時代の変化と共に公演の形が変わり、技術との融合によりプロダクションが大きくなる可能性もあります。どのようなプロジェクトを立ち上げて方向性を示していけばいいか、課題は多いです。

 また、観客開発についても課題があります。他のアジア諸国に比べて情報は露出しているほうですが、有料観客に繋がっていない。徐々に有料観客も増えていますし、ジャンルの多様化や舞踊についての考え方も変わってきたので全般的には可能性が広がりつつあると思います。作品に対する多様性、深さ、観客に対する意識など、アーティストたちも努力する必要があります。

 韓国の舞踊界が急成長できたのは、大学中心の舞踊文化の賜物でした。これからは、個人で活動する独立系アーティストや民間団体が自立して活動できる、本当の意味でアーティストが活動できる環境を新たに築く必要があると思います。