国際交流基金 The Japan Foundation Performing Arts Network Japan

An Overview 解説

2010.6.9

Arts Management Education in Universities 大学のアートマネジメント教育 小林真理(東京大学准教授)

アートマネジメント教育興隆の背景
 日本の大学高等教育機関でアートマネジメントの授業や学部が置かれるようになったのは、1990年代に入ってからのことである。主なものだけ見ても表にある通りで、何らかのかたちでアートマネジメント教育が行われている大学を合わせると50校を越えている。これらは、「社会と芸術を結びつける」「芸術によって社会を変える」ことを目指し、大学の教育現場で実践するだけでなく、大学自体がアートマネジメントの主体となって事業に取り組む事例もでていきている。

 アートマネジメント教育が起こってきた背景については、概ね以下の四つにまとめることができる。第一が、1980年の世論調査で「ものの豊かさ」より「心の豊かさ」を求める人の方が上回ったことでも示されたように、人々の芸術への関心が高まったこと。第二が、80年代の経済の好況にも後押しされて、地方自治体(都道府県及び市町村)が美術館、コンサートホール、劇場、工房などの文化施設を多数建設したこと。第三が、国および地方自治体の芸術活動に対する公的補助金が増加したことにより、芸術団体が活動を円滑に行い、公的機関への説明責任を果たすための人材を必要とするようになったこと。

 そして第四が、大学側の事情として、少子化などを受けて80年代以降検討が進められてきた大学改革の流れの中で、大学や学部の生き残りをかけた新たな人材育成の分野として、アートマネジメントの領域がクローズアップされたこと、である。加えて、既存の芸術系大学では、芸術表現を社会に結びつける視点がこれまで欠けていたことに対する反省から、実践的なアートマネジメント教育が行われるようになっていった。
実例と傾向
 日本で最初にアートマネジメントに関連する講座を開いたのは、慶應義塾大学の文学部である(1991年)。「よきオーディエンスを育てる」という理念でスタートし、現在は、社会人にまで門戸を開き、アートセンターの主催により、ハーバード・ビジネス・スクールのメソッドを導入したマーケティングに力を入れた大学院レベルの講座を実施してきたが、さらに大学院において実務経験を有する社会人を受け入れる大学院コースを2005年に開設した。

 芸術系大学でアートマネジメントに関する学科を最初に設けたのは、昭和音楽大学で、1994年に音楽学部内に音楽芸術運営学科が新設された。設立当初から海外の大学(UCLAやゴールデンゲート大学Golden Gate University等)の教員を招いて、マーケティング、組織論、文化政策、文化環境などを視野に入れたアメリカ型のアートマネジメント教育を実践している。

 昭和音楽大学は、民間オペラ団体大手の藤原歌劇団と関係が強く、本格的な学園オペラ公演を行っており、それが学生たちの実習の場となっている。また、公立劇場の小出郷文化会館(新潟県)と連携し、大学教員である演奏家を派遣するなど協力して事業を実施している関係から、小出郷での実習を行っているのはもとより、その他のホールにも積極的に学生を派遣している。同大学は、2007年にキャンパスを移転したのを機に学内に大ホール(1367人収容)、中ホール(359人収容)、小ホール(180人収容)をオープンし、積極的なコンサート活動を行なっている。

 芸術系大学はそもそも芸術活動を行っている教員と学生によって構成されているため、アートマネジメント教育も講義形式が主ではなく、実践的な活動を行っているケースが多い。東京芸術大学では、1997年に、学内共同利用施設として演奏芸術センターを開場し、美術学部、音楽学部の枠を越えて、新しい総合的な舞台芸術作品を創造できる場を提供している。また、美術学部では、大学本部のある台東区のまちでさまざまなアートイベントを行なう「上野タウンアートミュージアム」を、先端芸術表現科のキャンパスがある茨城県取手市では、大学、行政、市民、学生が連携してまちを使った野外アートプロジェクト「取手アートプロジェクト」を実施し、大学院映像研究科がある横浜市では、市が標榜する「映像文化都市」を実現するためのさまざまな事業に協力するなど、地域との連携事業を強化している。

 京都造形芸術大学では、歌舞伎俳優の市川猿之助が副学長を務めていたが2001年に、構内に京都芸術劇場(800席の春秋座、200席のStudio 21を建設(現在の副学長は作詞家の秋元康と建築家の横内敏人)。教育実習の場として活用するだけでなく、専属のプロデューサーを置き、一般の観客を対象とした事業を実施するなど、地域劇場としても機能する運営をスタートした。この劇場では、映像・舞台芸術学科の学生だけでなく、染織コース(緞帳製作)、ファッションデザイン科(ファッション・ショー)、情報デザイン科(ポスター、チラシのデザイン)、空間演出デザイン科(舞台演出)、日本画・洋画コース(ロビー展示)などあらゆる学科の学生が活動を行い、大学の自主公演の際は、研修を受けた学生が表方や裏方を担当している。
2005年から芸術系実践教育をスタートした桜美林大学では、立ち上げに演出家の 平田オリザ氏 (現・大阪大学コミュニケーション・デザインセンター教授)が関わったこともあり、駅前に解説したプルヌスホールを専門家と学生が協力して運営するとともに、積極的な公演事業や地域へのアウトリーチ事業を展開している。また、大阪芸術大学も2006年に芸術劇場をオープンしている。

 アメリカの大学では学内の劇場が地域社会のアートシーンをリードする役割を担っているが、日本の場合、大学は研究機関として地域に対しては閉鎖的な運営が行われてきた。それを考えると、こうした一連の試みは大学と地域の関係を変えていく新しい取り組みであり、極めて注目に値する。

 芸術系大学ではないが、千葉大学(現在は首都大学)の長田謙一教授(芸術学)の指導により、学生が地域に出かけていき、フィールドワークを行いながら住民とともに企画・運営・実施した「アートプロジェクト検見川送信所」(廃墟として放置されてきた施設を使ったプロジェクト)など、個別教員や研究室単位で地域のアートプロジェクトを実施する例も増えており、注目される。

 都市政策や地域政策といった公共政策、公共経営との関連でアートマネジメントを位置づけている学部や大学院も開設されている。2000年に静岡県と浜松市によって新設された、静岡文化芸術大学は、日本初の文化政策学部をもち、その中にアートマネジメントを専攻する芸術文化学科が設置されている。「地域に開く」という問題意識をもって大学運営が行われており、学生が企画・運営する本格的な薪能を市民に開放しているほか、静岡県から実質的な委託を受けて「国際オペラコンクール in Shizuoka」の入賞者記念演奏会を実施するなど、地方自治体との協働によるプロジェクトを実習の場として活用している。

 なお最近では、マンガ、アニメ、ゲーム等のコンテンツ制作をマネジメントできる人材育成を目標とするコンテンツ創造科学産学連携教育プログラムを開設している東京大学大学院情報学環もあり、アートの分野が広がりを見せている。
アートマネジメント教育の課題
 これまで述べてきた通り、一口でアートマネジメント教育といっても、その内容は多岐にわたっており、アートマネジメントという概念が拡がりをもったものとして展開されているのがわかる。大学での教育が始まった当初は、講義形式のものが多く、教養的な教育に対する批判もあった。しかし、最近ではほとんどの大学で実習形式の授業や演習、また短期間ではあるがインターンシップなどの導入が進み、実践的なプログラムになっている。

 また、昨今は、地域に開かれた大学運営が社会的な要請にまで高まっており、アートマネジメント教育を通じてさまざまな地域貢献が模索され、徐々に実を結んでいるところもでてきた。一方で、本来、アートマネジメントに携わる人材が必要なはずの公立文化施設などで、こうした専門職に対する認知度が低く、人材は育成したものの活躍の場が限られているという、需要と供給のアンバランスが問題となっている。さらに国及び地方自治体の財政状況の低迷により文化分野への投資も減少していること、2006年から、公立文化施設に指定管理者制度が導入され、これらの専門職が不安定な位置づけにおかれていることも問題となっている。

 なお、これらの大学の教育および研究をサポートする学会として、1992年には文化経済学会<日本>が、1995年には日本ミュージアム・マネージメント学会が、そして1998年には日本アートマネジメント学会が設立されている。