国際交流基金 The Japan Foundation Performing Arts Network Japan

An Overview 解説

2010.6.9

Performing Arts Presenters and Arts NPOs 活発化する舞台芸術の招聘と海外公演 土屋典子・坪池栄子(文化科学研究所)

 1990年から2000年までの国際文化交流の概況を調査した「国際文化交流の派遣・受入状況に関する調査研究」(ニッセイ基礎研究所)によると、2000年に海外から日本に受け入れた事業数は181件、海外に派遣された事業数は131件となっている。それぞれ10年前に比べて60%、249%の伸びを示すなど、増加傾向が続き、特に、90年代後半以降の伸びは著しい。

 こうした状況は、80年代半ばから始まったもので、背景としては、バブル経済下の円高によってそれまで経費的に見合わなかった舞台芸術の招聘ができるようになったことが大きい。また、当時のミュージカルブームを受けて、そうした催しの招聘を民間企業がスポンサーとして協賛したことも事態に拍車をかけた。

 90年代に入ると、ミュージカルで育った観客を対象にショービジネスとしてさまざまな海外の舞台芸術が招聘されるようになる。また、芸術文化に対する公的な支援が拡充されたことに伴い、彩の国さいたま芸術劇場、世田谷パブリックシアター、愛知芸術文化センターなどの公立劇場が国際交流事業に意欲的に取り組むようになる。特に、近年、諸外国との交流を記念した周年事業が続き、諸外国の舞台芸術が日本で紹介される機会が増えただけでなく、海外で政府主催の「ジャパン・フェスティバル」などが催され、その一環として日本の舞台芸術が紹介される機会が急増した。

記念事業による国際文化交流の急増
 ワールドカップサッカー日本・韓国共催を契機とした2002年の「日韓国民交流年」や、同じく2002年の日本・中国国交正常化30周年記念などが印象深いが、この他にも日蘭交流400周年(2000年)、日米交流150周年(2003年)、日韓国交正常化40周年(日韓友情年2005)、日・EU市民交流年(2005年)、日露修好150周年(2005年)、日豪交流年(2006年)など、毎年のように諸外国との交流の節目を祝う記念事業が目白押しとなっている。日本ブラジル移住100周年を迎える2008年も、日本ブラジル交流年としてさまざまな事業が企画されている。

 日本では、竹下内閣時代の88年に、国際文化交流が日本の外交政策の三本柱の1つとして位置づけられて以来、諸外国との積極的な文化交流が図られてきた。96年には、21世紀に向けてアジアと欧州の関係強化を図ることを目的に、日本とフランス両国において二国間のアクションプランが策定され、その中で「両国の生き生きとして豊かかイメージの普及」を目指した大型文化行事の開催が決定。国宝が海を渡った法隆寺百済観音展など約350事業による「フランスにおける日本年」(1997-98)、ドラクロアの「民衆を導く自由の女神」展など約600事業による「日本におけるフランス年」(1998-99)が開催され、話題となった。

 こうした官民が一緒になって実行委員会をつくり、数多くの事業を組み合わせて自国を総合的に紹介する大型文化事業は、欧州における二国間文化交流事業のモデルとしてその後も継続され、イギリス全土で1年間にわたって約2000事業を展開した「JAPAN 2001」の他、ハンガリー、イタリア、トルコと毎年テーマ国を変えて相互交流が図られ、2005年から2006年には「日本におけるドイツ年」も開かれ、ドイツの舞台芸術が多数紹介された。

 こうした政府間レベルの国際文化交流事業が活発に行われるようになったことにより、それまで、欧米のフェスティバルなどに偏っていた日本の舞台芸術の海外公演先も大きく広がっていく。また、アジア地域については、国際交流基金が積極的に支援したこともあり、日本からの舞台芸術の派遣が活発に行われるようになり、2000年に派遣地域全体の17%だったものが、2002年にはヨーロッパ地域46%に対し、アジア地域38%と大きな伸びを示している(「舞台芸術交流年鑑」2002年版・国際舞台芸術交流センター調べ)。ちなみに、国際交流基金では、日本の舞台芸術の紹介に尽力しているフェスティバル、プレゼンターを支援するパフォーミング・アーツ・ジャパン(欧州)、パフォーミング・アーツ・ジャパン(北米)を設け、欧州、北米での公演も積極的に支援している。

 アジアとの交流については、こうした政府間レベルとは別に、民間の草の根交流も行われている。例えば、東京の小劇場タイニイアリスでは、30年近く演劇フェスティバルを実施し、89年から韓国や中国の小劇団を紹介してきた。この他、日本、韓国、香港の演劇人が年1回集まり、97年から公演と交流会を催している「Asia meets Asia」、国際演劇協会(ITI)が2003年から隔年で開催している「アジアダンス会議」など、アーティスト同士の交流も行われている。
注目される国際共同制作
 近年の最も新しい動きとして注目されるのが、舞台芸術の「国際共同制作」の取り組みである。これは、出来上がった舞台をもっていって発表するのではなく、国やカンパニーや言葉の壁を越えて、アーティストたちが一緒に新しい作品づくりを行なうというものだ。

 特に国際共同制作に精力的に取り組んでいるのが世田谷パブリックシアターである。国際交流基金との共催で実施した「アジア舞台芸術家交流・研修事業」の成果としてプロデュースした1997年の 『赤鬼』 (野田秀樹とタイの俳優によるコラボレーション)をはじめ、アジアの演劇人と日本の演劇人による共同制作を推進。サイモン・マクバーニー率いるイギリスのカンパニー、コンプリシテと『エレファント・バニッシュ』(2003年)の共同制作を行ない(2008年には『春琴』を上演)、また、日仏国際共同制作としてフレデリック・フィスバックの演出による『屏風』、ジョセフ・ナジの演出によるダンス作品『遊*ASOBU』をプロデュースするなど、継続的に国際共同制作への取り組みを行なっている。

 また、新国立劇場は、2002年の日韓国民交流年の記念事業として日韓共同制作作品『その河を越えて、五月』をプロデュース。これは、 平田オリザ と韓国の若手劇作家・金明和による共同脚本を、平田と韓国の演出家・イ・ビョンフンが演出した作品で、日韓両国の本格的なコラボレーションとして注目を集め、朝日舞台芸術賞グランプリを受賞。2007年にも平田オリザと李六乙による日中共同制作『下周村─花に嵐のたとえもあるさ─』を発表し、また、2008年は 鄭義信 と梁正雄による日韓共同制作 『焼肉ドラゴン』 を予定するなど、外交行事と絡めた国際共同制作を実施している。

 国際交流基金もこうしたプロジェクトを支援してきたが、1997年にインドネシア・シンガポール・タイ・中国・マレーシア・日本の共同制作により『リア』(作:岸田理生、演出:オン・ケンセン)を自主企画事業としてプロデュースしたのを皮切りに、インド・スリランカ・ネパール・パキスタン・バングラディッシュの共同制作『物語の記憶』(2004年)、インド・イラン・ウズベキスタン・日本の共同制作『演じる女たち』(2007年)をプロデュースし、海外公演を行なうなど、国際共同制作の担い手としてなくてはならない存在となっている。

 また、共同制作ではないが、比較的低予算で海外の舞台芸術を紹介する取り組みとして盛んになっているのが、ドラマ・リーディング・プロジェクトである。世田谷パブリックシアターが同時代の海外戯曲に触れることを目的に年に3〜4回実施しているほか、伊丹アイホールとスコットランドのトラヴァースシアターが共同で行なっている「日英現代戯曲交流プロジェクト」や、日本の日韓演劇交流センターと韓国の韓日演劇交流協議会が日本とソウルで交互に行なっているドラマ・リーディング・プロジェクトなどがある。また、国際交流基金でも、翻訳やウェブサイト「Performing Arts Network Japan( http://www.performingarts.jp )」での情報発信を通じて、日本の現代戯曲を海外に積極的に紹介しており、近年、海外の劇場での日本戯曲のリーディングが増えている。
招聘元としてクローズアップされている民間プロモーター
 最新動向として押さえておきたいのが、舞台芸術の招聘元として民間のプロモーターが果たす役割が大きくなってきたことである。例えば、ポピュラー音楽のコンサートを中心に手がける民間プロモーター、キョードー東京は、15年ほど前から海外のエンタテイメント作品の招聘に力を入れている。特に、日本のポピュラー音楽市場がJ-POP(日本のポップス)中心となり、海外の大物ミュージシャンの公演がインパクトを持たなくなった90年代から、それに代わるものとして、音楽の要素を強く持ちながら視覚的にも訴える、創造性の高い新しいタイプのエンタテインメントをいち早く日本に紹介してきた。

 2003年に招聘した『ブラスト!』は、マーチングバンドを大胆にショーアップしたブロードウェイの作品で、連日満員の大盛況となった。この他、身近な道具をリズム楽器にして躍動感溢れるユニークな演奏を繰り広げて成功した『ストンプ』、アルゼンチンで誕生したパフォーマンス『ビーシャ・ビーシャ』もキョードー東京の招聘である。また、同じく民間プロモーターのH.I.P.もアイリッシュダンスとケルト音楽を合体させた『リバーダンス』を招聘するなど、同様の取り組みをはじめている。

 こうした海外の舞台芸術を招聘した代表的な成功例は、カナダのカンパニーであるシルク・ドゥ・ソレイユのケースだろう。シルク・ドゥ・ソレイユは1984年にモントリオールで結成されたカンパニーで、アクロバット、音楽、衣裳、舞台美術が一体となった、ダイナミックで幻想的なステージが特徴。

 招聘元のフジテレビは、92年、「ファシナシオン」を東京・名古屋・大阪・札幌・横浜・仙台など全国8都市で上演。自社のメディアでの宣伝効果もあいまって、来場者は71万人を数えた。以来、大手企業の冠イベントとして定期的にロングラン公演を実施。また、2008年秋には東京ディズニーリゾート内に専用常設劇場「シルク・ドゥ・ソレイユ シアター東京」もオープンする予定で、話題となっている。

 このように民間のプロモーターやテレビ局の事業部などが招聘元となり、2000年代に入って、バブル期を思わせるような来日公演のラッシュが続いている。活況の理由としてあげられるのは、チケット代が平均1万円と下がったことに加え、海外旅行者の増加で、現地で本物のエンタテイメントを体験した20代後半から30代の女性がファンとして定着していることがあげられる。

 また、韓国において新興富裕層を中心に海外エンタテイメントの鑑賞がステイタスとしてブームとなっていることから、日本公演を合わせて韓国公演がブッキングできるようになったことも大きな要因となっている。今後、経済成長の著しい上海や台湾なども含めたアジアマーケットが確立する日も近いと言われており、海外舞台芸術作品の招聘は、ますます盛んになりそうだ。

 なお、2008年3月には民間テレビ局が本格的な劇場運営に乗り出し注目されている「赤坂ACTシアター」(1300人収容)がオープンする予定で、こけら落としには『ABBA GOLD』『リバーダンス』などの海外エンタテイメントが並ぶなど、今後もテレビ局の動向から目がはなせない。