国際交流基金 The Japan Foundation Performing Arts Network Japan

An Overview 解説

2010.6.9

Public Theaters and Concert Halls 舞台芸術シーンの新たな主役、公立劇場・ホールの最新動向 坪池栄子(文化科学研究所)

公立劇場・ホールの歩み
 現在、日本には約3,300館の公立劇場・ホールがあると言われている(2007年財団法人地域創造調査)。その多くが80年代後半以降に建設されたものであり、特に90年代には10年間で約1,000館がオープンする空前の建設ラッシュとなった。80年代から90年代にかけて、これだけ多くの施設がつくられた背景には、国が公共事業として支援したことに加え、以下のような3つの流れがあった。

 1つ目が、高度経済成長を経て日本が豊かになったシンボルとして、本格的な文化施設を求める風潮が生まれたことである。第二次世界大戦後に日本各地に建設された「市民会館」(集会利用を主目的とした舞台芸術の上演機能をもつ施設)の建て替え時期と重なったこともあり、日本初の町営クラシックホールとして話題となった宮城県加美町の中新田バッハホール(81年開場)を皮切りに、立派なクラシックホールや劇場が各地に誕生する。

 2つ目が、80年代に入って、音楽、演劇、映画などのコンテンポラリーな芸術文化イベントが若者文化、都市文化のシンボルとして再評価されたことである。都市への人口流出に悩んでいた地域では、若者を惹きつけ、都会並みの魅力的なまちづくりの一環として文化施設を整備していく。過疎村を一躍有名にした「利賀フェスティバル」、著名な指揮者の小澤征爾を中心とした「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」、国際的に活躍する和太鼓集団「鼓童」が新潟県佐渡島にレジデンスしてスタートした「アース・セレブレーション」などの芸術イベントが成功したことも事態に拍車をかけた。

 3つ目が、バブル経済に乗って全国で地域の再開発が行われたことである。再開発地域内に公共スペースを設けるなど、優良プロジェクトに対する規制緩和が建築基準法に定められたこともあり、地域のイメージを発信するシンボルとして、また開発地の賑わいをつくり出す集客装置として、大小さまざまな施設がオープンする。

 留意すべきは、日本の場合、創造活動を担っていたのはもっぱら民間であり、こうした公立劇場・ホールはあくまで施設の建設というハード整備を中心に進められ、その多くがレンタルスペースとして運営されてきたということ。主催事業を行っていたところも、東京から公演を招く鑑賞事業がほとんどだった。

 90年代に入ると、こうした施設の利用率の低さ、鑑賞事業の観客の少なさ、そしてハード(建物)を優先してソフト(運営や事業)を考えてこなかった行政の姿勢に世論の厳しい目が向けられるようになる。こうした事態を受けて自治省(現・総務省)では、地域の公立文化施設を活性化するため、94年に財団法人地域創造を設立。自主事業への財政的な支援を行うとともに、文化施設の運営者を育成するための実践的な研修などを行うようになる。文化庁でも、1990年に政府と民間からの出捐により芸術文化振興基金(653億円)を創設して創造活動の助成を拡大し、1996年には牽引的な芸術団体を重点的に支援する「芸術創造推進事業(アーツプラン21)」(2001年に文化芸術創造プランとして再構築)の中で文化芸術による町づくりや拠点的な公立劇場・ホールの支援を打ち出す。

 一方で、自治体の文化行政として創造活動に力を入れるところも現れる。日本で初めて芸術監督を登用し、文化予算1%を打ち出して話題となった水戸芸術館(90年開場)や民間プロデューサーを登用して若いアーティストを育成してきた伊丹アイホール(88年開場)などを手はじめに、試行錯誤しながらも創造活動の専門機関としての運営が行われるようになる。

 施設面でも、本格的なオペラ上演ができる多面舞台機構を備えた大ホールのある愛知芸術文化センターが92年にオープンしたのを皮切りに、彩の国さいたま芸術劇場、びわ湖ホール、新国立劇場などの大規模施設が各地に誕生する。90年代後半には、金沢市民芸術村のような24時間活用できる練習場専用施設や、廃校を練習場と劇場にした京都芸術センターなど、これまでにない創作活動支援施設も登場する。

 また、過剰なまでに整備された文化施設をめぐって、アートマネジメント講座や専門家を招いたシンポジウムが各地で開催され、アーティスト、行政、市民を交えて、社会における芸術文化活動の役割について活発な議論が行われるようになる。こうした中で、文化施設の新たな使命として、地域社会に役立つ、個性的な地域づくりの拠点としての役割が急激にクローズアップされてくる。

 現在では、芸術文化によるまちづくりをスローガンに掲げ、新潟県の小出郷文化会館や沖縄県の南城市文化センター・シュガーホールのような市町村の会館が主体となり、各地で地域や市民と連携した事業が積極的に行われている。ボランティア、市民参加公演、ワークショップ、アウトリーチなど、鑑賞型ではない新しい取り組みは、現在の日本の公立劇場・ホールの大きな潮流になっている。特に子どもを対象にした事業の充実を図るところが増え、ジュニアオーケストラを設立するところも相次いでいる。

 また、近年、文化芸術の持つ創造性を活かして都市の新しい魅力を再生する「創造都市(クリエイティブ・シティ)」という新しい考え方が入ってきたことにより、横浜市、金沢市、新潟市、札幌市などの各都市が総合的な観点から文化政策にのりだしている。特に横浜は多くの歴史的建造物を文化施設としてアートNPOに運営させるなど、その動向に注目が集まっている。
運営の現状と動向
 前述の調査によると、全国にある約3300館の公立劇場・ホールの内、88%が市町村立の比較的小規模なホールとなっている。大規模な都道府県立施設の場合は、専門の財団を設立して運営を委託しているが、市町村の場合は過半が直営で運営されている。専門の財団と言っても、技術職員を除き、舞台芸術の専門家が雇用されているところは少ないのが現状だ。

 芸術総監督制については、その先駆けである鈴木忠志が芸術監督を務めていた静岡県舞台芸術センターが二代目の宮城聰に引き継がれ、新国立劇場演劇部門は栗山民也から鵜山仁に、富士見市民文化会館キラリ☆ふじみは 平田オリザ から生田萬、びわ湖ホールは若杉弘から沼尻竜典にバトンタッチされるなど、2007年には交代が相次いだ。この他、彩の国さいたま芸術劇場( 蜷川幸雄 )、世田谷パブリックシアター( 野村萬斎 )、まつもと市民芸術館( 串田和美 )、兵庫県立芸術文化センター(佐渡裕)、新潟市民芸術文化会館(舞踊部門: 金森穣 )などが芸術監督を登用しているが、日本では制度としては必ずしも定着しているとは言えず、その役割や権限については各館で異なっている。芸術監督ではないが、北九州芸術劇場や世田谷パブリックシアターのように、民間のプロデューサーを登用し、アーティストとのパイプを活用した積極的な創造活動を行うところも出てきた。また、静岡県舞台芸術センターのSPAC、新潟市民芸術文化会館のコンテンポラリーダンスのカンパニー「Noism」、ピッコロシアターの兵庫県立ピッコロ劇団など、数は少ないがアートカンパニーがレジデントしているところもある。

 音楽では、すみだトリフォニーホール(新日本フィルハーモニー交響楽団)、ミューザ川崎シンフォニーホール(東京交響楽団)、石川県立音楽堂(オーケストラ・アンサンブル金沢)のように既存のオーケストラとフランチャイズ契約を結んだり、水戸芸術館の水戸室内管弦楽団やびわ湖ホールの声楽アンサンブルのように演奏家との年間契約によりレジデント活動を実施しているところがある。特に、2005年に開館した兵庫県立芸術文化センターでは35歳以下の若手演奏家によるアカデミー式の専属管弦楽団を結成し、公立オーケストラとして積極的な地域活動を行うなど、その動向が全国的な注目を集めている。しかし、いずれも試行錯誤を続けている状態で、未だに芸術文化の専門施設としてのあり方を模索している状況と言っていい。

 運営の最新動向として挙げられるのが、「指定管理者制度」の導入である。2003年4月に「地方自治法」の一部改正が行われ、公立文化施設などの「公の施設」を管理運営する団体についての規制緩和が行われた。議会の承認を受けた「指定管理者」であれば、公益法人に限らず、NPO法人、民間企業などが公の施設の管理運営を行うことができるようになり、各地の公立文化施設で管理運営団体の公募が行われた結果、指定管理者として民間企業が参入する事例がでてきている。2007年に財団法人地域創造が実施した最新調査によると、全国の公立文化施設(ホール・劇場・美術館など)は計4265施設で、その内、自治体が直営で運営している施設が65.8%、指定管理者が運営している施設が34.2%となっている。指定管理者の内、8割近くが財団などだが、NPO法人や株式会社などこれまで公立文化施設を運営することができなかった団体も2割近く参入している。

 しかし、こうした団体には、ビルの管理会社、広告代理店、人材派遣会社など異業種も多く、民間の発想による新しい運営が期待される一方、芸術文化の専門施設として、また地域の芸術文化活動の拠点としてのミッションがどのように実現されていくかを懸念する関係者も多い。今回は、自治体が設立した芸術文化振興財団を指名して管理運営団体としたところも多いが、次回の契約更新ではほとんどの公立文化施設が管理運営団体を公募すると言われており、3年後、5年後の更新期には日本の芸術文化環境が全く様変わりしている可能性もあり、予断を許さない状況である。

 ただ、1998年に特定非営利活動促進法(NPO法)が成立して以来、各地でアートNPO法人の設立も進み、北海道の「ふらの演劇工房」や国際芸術フェスティバルの運営も行なってる「アートネットワークジャパン」のように公立文化施設の指定管理者となる団体も出てきている。こうしたアートNPOの動向次第では「指定管理者制度」がこれまでにない芸術文化環境を創出するきっかけとなる可能性もある。しかし、2008年度にはNPO法人を除く公益法人制度の抜本的な改革が行なわれる予定になっており(移行期間5年)、一般の財団・社団が設立しやすくなるのに対し、税制優遇等が受けられる公益財団・社団は認定を受ける必要があるため、既存の文化振興財団の評価や公立文化施設を運営する民間企業の扱いなど、5年後どのようになっているのか全く予断をゆるさない状況となっている。

 現在、人口1万人未満の自治体を対象に進められてきた「平成の大合併」により、公立劇場・ホールの設置主体である自治体が再編成され、各地の文化政策が大きく揺れ動いていることを考え合わせると、日本の芸術文化環境は全く新しい時代に突入しつつあると言っても過言ではない。